【Electrox 2016】 時代によって様々な表情を見せるスーパースター 。新譜がまたすごい。【Kaskade】
EDMという呼称が独り歩きを始めてしまった昨今、本来は全く違うジャンルであるはずの音楽が、一緒くたに語られることが多くなった。その悪しき煽りを最も受けているのは、ブームが到来する前からシーンの第一線で活躍するベテラン勢ではなかろうか。特にカスケイド。この人が自身のキャリアの中で築き上げた音楽を、全て「EDM」というレッテルを貼って片づけてしまうのは惜しい。そもそも、今日使われている「EDM」という言葉が便利過ぎるような気もする。こんなふうに書くと、筆者のことを「面倒なヤツ」とお思いの方も、きっといるだろう。その通りだ。よく言われる。しかしながら、今回はそれを甘んじて受け入れる覚悟である。カスケイドの音楽(延いてはキャリア)に興味を持ってもらえるのなら、それも本望だ。
さて、2010年以降に彼を知った方は、彼に対してどのようなイメージを持っているだろうか? 恐らく「美メロ系、キレイめ系」というフレーズが並ぶはずだ。実際その通りだし、何も異論はない。例えばこの曲。
Last Chance
昨年のULTRA JAPAN 2014でも披露され、カスケイドの代名詞的な曲と言えるぐらい、彼のセットリストでは定番だ。恐らく今回のElectroxでも聴かせてくれるだろう。
で、この記事では彼のルーツについても触れておきたい。この美しいメロディはどのようにして形成され、如何にしてブレイクしたのか。今一度探ってみよう。
Om Records時代
カスケイドがオム・レコーズのA&R(アーティストをマネジメントする側)だったのは有名な話で、その頃培った音楽観こそ、今日の彼を語る上で外すことの出来ないトピックである。2000年代初頭、オムが本拠地を置くサンフランシスコは、新しいディープハウスの台頭が著しい街であった。ミゲル・ミグスやマーク・ファリーナ、盟友アンディ・コールドウェルなど、多くの才能あるアーティストが跋扈していたのである。カスケイドもその只中にいた。A&Rとして働く傍ら、DJのスキルを磨きつつ、自分の音楽を制作する。そして2003年、彼のデビュー・アルバムである“It’s You, It’s Me”をリリースした。今も女性ヴォーカルの曲を書くのが抜群に上手いが、それはまさしく、この頃育まれたものである。
It’s You, It’s Me (deluxe edition)
その後、オムからセカンド・アルバムの“In the Moment”を発表し、いよいよカスケイドはダンス・ミュージックのスターダムにのし上がる。本作からシングルカットされた“Steppin’ Out”、“Everything”は、ビルボード・ダンス・チャート(シングル)でトップ10入りを果たした。
Ultra Records時代
このあたりから、彼の躍進が本格化する。知名度もダンスミュージックの枠を超え、カスケイドの名が多くの音楽ファンに認知されるようになった。2006年にオムを去り、EDMにおける代表的なレーベル、ウルトラ・レコーズと契約を結ぶ。そしてすぐに“Love Mysterious”をリリースした。このアルバムには“Be Still”、“Stars Align”、“Sorry”など、多くのヒットナンバーが含まれている。アルバム単位としてもセールスは好調で、ついにビルボード・ダンス・チャート(アルバム)でも18位を獲得した。更には、ダーティー・サウスによる“Sorry”のリミックスがグラミー賞にノミネートされ、カスケイド本人にも注目が集まった。
で、いよいよ“Strobelite Seduction”をリリースするわけだ。これまでに培った類稀なメロディセンスと、ウルトラに移籍したことによって吸収したプログレッシヴな音風景が邂逅を果たす。デッドマウスとの共作である“Move For Me”、“I Remember”はその最たる例だろう。シンプルなサウンド・プロダクションの中に、ヘイリー・ギビーの透き通るようなヴォーカルが光る。プログレッシヴなのに、シンプル。一見矛盾しているようだが、それらを無理なく成立させているのだ。カスケイドもデッドマウスも、改めてすごいアーティストだと思う。
I Remember
以降のカスケイドの活躍は、周知のことと思う。“Dynasty”、“Fire & Ice”と来て、一昨年の“Atmosphere”。今やアメリカを代表するプロデューサーである。EDCやTOMORROW WORLDのようなEDMのフェスに限らず、コーチェラやボナルーのような大規模音楽フェスにも、主要アクトとして抜擢されている。要するに、とんでもないビッグネームだ。
そんな彼が、今年音楽ファンを大いに驚かせた。
ワーナー・ブラザーズとの契約と、最新作の“Automatic”
ここへ来て、まさかのメジャー契約。何というバイタリティ。ベテランでありながら変化を恐れぬその姿勢は、称賛されて然るべきである。メジャー第一弾となった、最新作の“Automatic”もまたスゴイ。下衆な筆者は、つい下世話なことを考えてしまう質である。この一枚を作るのに一体いくらかかったのだろう・・・、なんてことに想像力を働かせてしまうのだ。何せこの大盤振る舞いである。常連のタムラ・キーナンなどに加えて、ギャランティス、エステル、ジョン・ダールバックらがクレジットに名を連ねている。まさにメジャーな内容なのだ。
肝心な音楽も、やはり期待通りである。美しいメロディライン、透明感のある女性ヴォーカルは健在でありながら、明らかに「今」を意識したプロダクション。特にシングルカットされた“Never Sleep Alone”は、「カスケイド全部入り+フューチャー・ハウス」とでも言うべきナンバーだ。“A Little More”のようなキャッチーな曲も入っており、リスナーを飽きさせない。何度も言うが、まさしくメジャーな作品に仕上がっている。
Never Sleep Alone
今回のElectrox、もちろん個人の好みはあるだろうが、それを踏まえてもカスケイドには注目すべきだろう。少なくとも、彼のパフォーマンスが、ハイライトの一つになることは間違いない。