【主催者インタビュー】ARABAKI・菅真良「試行錯誤、巡り合わせ、オリジナル」
今年のセッション企画秘話
ーーーでは今やARABAKI名物となったセッションの企画のお話を伺いたいと思います。今年の企画のどのように決まっていったのでしょうか?
菅 29日のLOVE PSYCHEDELICOは1年目からの参加メンバーなんです。それで今年のセッションを頼んで2人が大好きなボブ・ディランをテーマにしてやることになりました。
ACIDMANはACIDMAN側からはっきりと言われたわけではないですが、彼らの20周年のタイミングでMICHINOKU PEACE SESSION(MICHINOKU STAGEでのセッション企画)をやりたいという気持ちが会話の中ににじみ出てたので(笑)、彼らにお願いしました。
ーーーやっぱりやりたい気持ちがあったんでしょうね(笑)。
菅 30日のTheピーズは周年を祭られるのがあんまり好きじゃないと聞いていたんですが「せっかくだからこういうことやりたい」と珍しく言ってきてくれたので、急遽ここの時間の枠を広げることにしたんです。トリにしない理由は、みんなまあまあな年齢で寒いのが苦手だっていう、ただそれだけなんですけど(笑)。1人若い子(SHISHAMOの宮崎朝子)がいますけどね。
ーーーそういう人間味あふれる感じがいいですね。
菅 あとはみんな他のミュージシャンをリスペクトしてるので他のステージを見たいだろうから早めに出してあげようと思ったのもありますね。朝子ちゃん(SHISHAMO)はThe ピーズやpillows、コレクターズとかのバンドが好きなんです。なので、彼女がステージ終わった後にいろんなステージを見られるようにタイムテーブルを組んだりしてます。
ーーーそんなにリクエストにも答えてもらえるんですね。
菅 それ言っちゃうと、他の人も俺も!ってなっちゃうかな(笑)。
あと、「COVERS」(RCサクセションの名盤「COVERS」のトリビュートセッション)は、ARABAKIを立ち上げたぐらいから、どこかのタイミングでこの企画を清志郎さんにもちかけようとずっと思っていたんですが、昨年この企画をBRAHMANにやってもらったときに来年は「COVERS」でやろうかな、となんとなく思ったんです。そのことを最初にTOSHI-LOWくん(BRAHMAN)に話したら彼も協力してくれることになりました。
お客さんとの距離の近さ
ーーーでは、もしご自身がお客さんとしてARABAKIに参加するとしたら2日間をどうすごしますか?
菅 そうですね…どのライブを観るかとかは事前に決めないと思います。この前、偶然飲み屋さんで一緒になったARABAKIのお客さんにも昨年何を観たか聞いたら「1個しか観てなかった」って言う人がいました。
ーーーちなみに何を観たんですか?
菅 清水ミチコさん(笑)。でもそうやって誰を観るかとかを決めずにARABAKIに来ることを目的としてくれる人も増えてますね。
ーーーまだ夜は寒くなりますがキャンプで参加される方も多いですよね。
菅 キャンプ楽しいですからね。一昨年にはキャンプサイトで「一杯どうですか?」と誘われてお客さんと飲み会しましたよ。
ーーーキャンプサイトはいつも回られているんですか?
菅 そうですね。キャンプサイトの近くでは夜中に「スナック定禅寺ブギー」というアーティストとお客さんも含めたカラオケ大会があるので。
ーーーアーティストと一緒のカラオケ大会なんてお客さんからしたら夢みたいな企画ですよね。
菅 これをやろうと思ったのは、15周年でなんかやりたいなとずっと考えていた時に、誰かとカラオケ屋に行ったら尾崎豊さんの「15の夜」を歌った人がいて、それを見て「あ!これでいいか」と思って、最初に「15の夜」を歌って、カラオケ大会を始めるという企画を決めました。面白いですよ。以前出てくれたお客さんはすごいフラカン(フラワーカンパニーズ)のファンで、わざわざステージで武道館公演の宣伝とかしてくれてるのに、当の小西さん(ミスター小西)はトイレに行っててそれを聞いてなかった、なんてこともありました(笑)。
ーーーファンの方の愛を感じますね。参加されるお客さんはやっぱり歌は上手ですか?
菅 みんなすごく上手いですね。自信があるから、立候補するんじゃないかな。これをきっかけにボーカリスト発掘ができるかも。
総合芸術祭を目指すオハラ☆ブレイク
ーーーARABAKIが15周年を迎えた2015年に新たなイベントとしてオハラ☆ブレイクが始まりますがそのきっかけは何だったのでしょうか?
菅 2010年のARABAKI10周年のときに、ROCKがつくフェスとちょっと違うことをやってみたいと思ったんです。その時たまたま「瀬戸内国際芸術祭が面白い」という話を聞いて実際に行ってみたんでが、“もう一回見たい”とか“もう一度その町を訪れたい”という気持ちにさせてくれるタイプのイベントだなと感じました。今は町おこしとしての芸術祭は増えましたけど、当時はあまりなかったので新鮮でしたね。
それを見てフェスのようにその時だけステージを作る仮設のようなものではなくて、町の人たちと町の文化そのものをつくることをやりたいなと思ったんです。そこから、どこでやろうと考えたときに、知り合いもいっぱいいるし僕の出身の福島苗代町にしようと決めました。
ーーーアーティストも幅広いジャンルの方が参加されていますよね。
菅 幸運なことにARABAKIを通じて音楽以外にも多くの方と知り合うことができて、このイベントにも参加してくれることになりました。美術家の奈良美智さんや小説家の伊坂幸太郎さん、清志郎さんの娘でゴムはんこ作家の百世ちゃんとか。そうやって様々なジャンルの方が参加してくれることになったので、総合文化祭のようなイベントにして、タイムテーブルもあんまり詰まり過ずないようにしようと思って。だからぐうたらな感じのタイトルにしたいとを考えていたら会津磐梯山の民謡に出てくる、ずっとお酒飲んで風呂入って寝て、という小原庄助が思い浮かんだんです。そういう日があってもいいんじゃないかということで、小原さんの休息日で「オハラ☆ブレイク」という名前にしました。
ーーー今年は8月4日から8月6日の3日間での開催ですね。
菅 そうですね、少し根付くまで3日間の開催にして、長いスパンのものをやるタイミングを見計ろうと思っています。2020年とか、区切りがいいところで大きな芸術祭にしたいですね。
ーーー「瀬戸内国際芸術祭」以外に影響を受けたものはありますか?
菅 「芸術祭」の他に意識したのはドラマの「北の国から」なんです。富良野で撮られる架空の人間ドラマなのに、本当の出来事のように感じさせてくれるじゃないですか。地元を題材にして何かそこに文化を残す、ということをやってみたいなと思ったんです。それで、伊坂さんに猪苗代を舞台に小説を書き下ろしてほしいという話をして開催のたびに小説を書いてくれる約束をしていただけました。それが昨年の2回目から前の年に書いた伊坂さんの小説をペテカンという演劇集団の方々に演劇化してもらったんです。今年は、昨年と一昨年に書いてもらったものを演劇化する予定です。
ーーー他に今年注目してほしい企画はありますか?
菅 今、調整中ですけど手塚プロダクションと子どもの遊び場をつくる計画を立てています。ちょっとしたワークショップをやったりできればいいなと思っています。あとは、グランピングを入れることにして、その日の特別な食事のメニューとか、特別な過ごし方を計画中です。飲み放題つきにしようかと思ってます(笑)。
ーーーそれはかなり面白そうですね。そんな始まったばかりのオハラ☆ブレイクとこれまで続いてきたARABAKIはこれからどんな関係になっていくのが理想ですか?
菅 ARABAKI常連の人にとっては、オハラ☆ブレイクが夏にやる打ち上げみたいな感じになると嬉しいですね。あとは、ARABAKIをきっかけにしてオハラ☆ブレイクを知ってくれた人に企画づくりに参加してほしいです。アーティストでない方々も歓迎したいと思ってて。
ーーーアイデアのある人はどんどん持ってきて欲しいですね。では、最後にARABAKIやオハラ☆ブレイクに参加される方ににメッセージをお願いします。
菅 体調に気を付けて来てください。あと、ずっと続けていこうと思っているので何か気が付いたことがあったら教えてください。