あの編集長はフェスをどう楽しんできた?小林祥晴さん(ザ・サイン・マガジン・ドットコム)
仕事かプライベートか? 必携グッズは? フェスの過ごし方について
―現在は年間でどれくらいフェスに行きますか?
フジロックとSUMMER SONIC(サマーソニック)は基本的に毎年行きますね。それとタイコクラブも行くことが多いです。あとはラインナップ次第で行ったり行かなかったり。
―やはり会場では仕事をされているのでしょうか?
この仕事を始めた00年代後半は、現地でインタビューをしたりライブ評をしたりと、仕事をすることが多かったです。でも、そうなるとバックステージにいなくちゃいけなかったりして、自由には楽しめない。今から思えば、その日くらいは仕事しないで普通に楽しめば良かったと思います(笑)だって、自分でチケット買って行ってたんですから。それに、この仕事をしている人間としてフェスには行くのは大事だと思いますけど、ずっとバックステージに缶詰めでフェスの雰囲気をちゃんとつかめませんでした、ってなると本末転倒じゃないですか。そういう考えもあって、ここ数年は現地で仕事はしていません。フェス会場でアーティストにインタビューしても、彼らも普段とテンションが違って、少しフワフワしているから、良いインタビューが取りにくいというのもありますし。
―フェスではどのように過ごしますか? こだわりなどあれば教えてください。
こだわりというほどではないですが、観たいライブの目星はつけておきつつも、基本的にはその場の直感で行動するようにしています。実際、ほとんど予定通りには動かないですね(笑)日常生活みたいにいろんなスケジュールでガチガチに縛りつけられない、そのゆるさが大事だと思っています。
実はフェスってライブを観ている時間より観てない時間の方が長いんですよね。その間のできごとは本当に他愛もないことばかり。でも、“会場のあちこちでライブをやっているけど、あえてそれを観ず、他の何かをすることを自主的に選んでいる”という感覚も含めて楽しいんじゃないでしょうか。
―個人的に毎回持参するような、フェスに欠かせないグッズなどはありますか?
iPhoneの防水袋ですかね。普段はあまりツイッターをしないのですが、フェスに行くと感想をシェアしたいし、みんながどう過ごしているのかを見たくて、その場でフェスを体験しながらも常にツイッターを見ています。だから大雨が降ろうとツイッターを見たいということで(笑)、防水袋は絶対に持って行きます。
―ツイッターが普及してからフェスの楽しみ方は変わりましたよね。
うん、変わったと思います。それまでは、フェスに行ったらネットから離れて現地の体験に全力を傾けるという感じだったけど、実際、ツイッターはそういう体験をさらに拡張してくれるものだったっていう
フェスの未来予測。そして自分が作ってみたいフェスは?
―国内外のフェスについて、その規模や内容など、今後どうなっていくと思いますか?
大規模フェスを基準に考えれば、国内アーティスト中心のフェスはそれなりの堅調が今後も続き、それに対して海外アーティスト中心のフェスの難しい状況はそう簡単には変わらないでしょう。ミュージック・ウィーク誌によると、過去10年にデビューしたアーティストで、イギリスの主要フェスでヘッドライナーを飾ったアーティストは、Florence and the Machine(フローレンス・アンド・ザ・マシーン)、Avicii(アヴィーチー)、Calvin Harris(カルヴィン・ハリス)、Noel Gallagher’s High Flying Birds(ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ)、Mumford & Sons(マムフォード・アンド・サンズ)だけらしいんですよ。しかもフローレンスはFoo Fighters(フー・ファイターズ)の代打だし、ノエル・ギャラガーは新人ではない。これはやはり日本国内だけじゃなく、全世界的に音楽シーン――特にロック・バンドが停滞気味で商業的にも厳しい状況にあるということを示していると思います。
そのなかで今年のサマーソニックのラインナップの組み方はすごく良かったと思います。ここ数年のポップミュージックの動きをしっかりと観察し、アメリカのチャートで注目されているものや、EDM、インディーの新人勢、日本のアーティスト、そしてこのタイミングに最適なレジェンドまで押さえている。フェス全体を通して「これが2015年の音楽」というプレゼンテーションを行っていて、さすがだと思いましたね。世界的に見てもこういうラインナップは、たぶんあまり無い。様々な条件の兼ね合いもあってブッキングは相当大変だと思いますが、今のフェスの在り方のひとつとして説得力がありますし、来年も楽しみです。
―今後はどのようなフェスに行ってみたいですか?
実際のところアーティストのラインナップって、もう全世界的にどこに行っても大きく変わらないから、フジとサマソニで十分という気もします。ただ、フジのグリーン・ステージが良い例ですが、フェスってどういう環境でライブを観るかも重要。苗場の山中で綺麗な夜空に響き渡るOasis(オアシス)“ドント・ルック・バック・イン・アンガー”だからこそ、感動が何倍にも増幅されたりする。だから、敢えて言うなら、環境がおもしろいフェスには行ってみたいですね。「第二のイビサ」とも言われているクロアチアで、夏に美しい海辺でやっているフェスは、機会があったら行ってみたいかな。
―最後に、自分がフェスを主宰するとしたらどんなフェスにしたいですか?
ラインナップや場所がどうというよりも、日本国内の才能ある若いアーティストが出演すること自体に夢を持てるようなフェスにしたいですね。
もう時効だと思うから言いますが、数年前、とあるプロモーターから「ピッチフォーク・ミュージック・フェスティバル・ジャパンをやりたいので手伝わない?」と誘われたことがあって。引き受けたんですよ。結局それは頓挫してしまったんですけど。なぜ引き受けたかと言うと、ピッチフォークのネーム・ヴァリューで海外から有名アーティストを呼べるから、ではなくて。それは最重要事項ではない。むしろ日本のアーティストにチャンスが生まれると思ったんです。それに出演すれば、本国のピッチフォークと彼らの間になんらかのコネクションが生まれる可能性があるし、少なくとも海外の尖ったリスナーからの注目度は高まるはず。もしかしたら、シカゴやパリのピッチフォークのフェスに出演することに繋がるかもしれない。世界へと一歩踏み出すきっかけとして上手く機能するんじゃないかなと思ったんです。
今の日本には、世界レベルで見ても遜色ない実力を持ったバンドやトラック・メイカーがたくさんいますが、彼らが広く世界から発見されるための回路は案外少ないと感じています。サウンドクラウドとかで海外とダイレクトに繋がる事例は増えていますが、ウェブの性質上、結局は海外の同じようなテイストの小さなシーンと繋がるだけで、濃密なコミュニティが世界中でまだら模様にネットワーキングされることに留まってしまいがちです。そこから広がる新しい可能性もきっとあるはずだし、エキサイティングなんですが、それとは別の回路で世界に開かれる可能性を見い出せるかもしれないと思えたのが、ピッチフォークの話に乗ろうと思った理由ですね。やっぱりフェスって、出演者とオーディエンスと主催者のすべてが、何らかの形でワクワクしないと意味がないですから。なので、自分でやるとしたらそういうフェスです。
text:照沼健太
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